2012年01月23日

阿蘇に行ってきました

 正確には、阿蘇「駅」に行ってきました、ですが。
 土曜日の乗り継ぎ旅の途中、十数年ぶりに阿蘇駅に降り立ちましたので、そこで見てきたものを交通関係を中心に紹介します。

阿蘇駅舎

 阿蘇駅舎。水戸岡デザインとなりイメージを一新しております。西側(画面の左側)には産交バスの待合所(回転場併設)が設置されており、各方面への起点となっています。待合室には係員も常駐しているようで、観光への足の案内なども行っていました。

あそぼーい!はボードを持った写真撮影に時にも……

 ここまで乗ってきた特急「あそぼーい!」。見学会でも記事にしましたが、主に家族・お子様向けに設備の工夫がされていて、非常に賑やかな道中でした。

 阿蘇駅は観光上の、またバス路線上の拠点ということで、熊本・大分を結ぶ高速バスから、観光系統のバス、一般路線バスまで多彩な形態・車両での運行が見られました。

路線別のオリジナルカラーがあったよき時代も今は昔

 熊本から観光地を経由しつつ黒川・湯布院・別府へと向かう「九州横断バス」も立ち寄ります。

なにげにエアロバスKじゃないか……

 阿蘇駅からロープウェイの阿蘇山西駅までを結ぶ観光系統にも、それなりの車格。

 一方、ローカルの路線バスも本数は多くは無いながら、宮地、内牧温泉、小国・杖立温泉方面へと運行されています。

ローカルとはいえ観光色もそれなりにあるのだが

 こちらは(曜日・時間帯もあるのでしょうが)マイクロバスの姿が目立ちました。

ローバックのこのレベルの車両が多いんだなぁ……

 温泉街へ向かうこともあって、観光客と思しき姿も見られましたが、観光路線と比べるとなかなか落差があります。(基本的には生活路線なので、当たり前と言えば当たり前ですが)

中間地点

 ちょっと中間調の車両も。貸切車からの転用と思われる痕跡があり、それなりの仕様ではありますが、一般路線塗色。仕様なりに阿蘇山西駅系統で使われていたようですが。

珍客なのか定番なのかは分からないが……

 撮っているうちにはこんなサプライズも。なぜかこの教習車、回転場の方には入って行かず、駅の隣にある道の駅の駐車場で休んでいました。

 旅程ゆえ、阿蘇山などは駅前から眺めただけに終わりましたが、またゆっくり来てみたいものです。

2011年10月31日

トップ画像アーカイブ:2011.10

2011-10

 10月のトップ画像は、復旧した美祢線を走る列車。昨年7月の災害により長らくバス代行が続いた美祢線に、ようやく列車の姿が戻ってきました。
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2011年10月30日

橋本駅周辺を巡るハイエース

 昨日(10月29日)から3ヶ月間の予定で、「橋本駅周辺における地域循環バスの社会実験」が行われています。
 これは、「金武・壱岐ブロックまちづくり協議会」が実施主体となって、福岡市営地下鉄七隈線の終点、橋本駅を起点として周辺を循環するバスを社会実験として運行するもので、西日本鉄道(西鉄バス)が運行主体となって壱岐団地方面と野方方面の2ルートが設定されています。起点の橋本駅(後述)を含め、既存路線とはバス停を共有しない形になっています。平日は24〜27便、休日は13便が運行され、平日は昼休憩(?)を除いて概ね30分間隔、休日は不等隔ですが1時間に1本程度が運行されるダイヤとなっています。団地や住宅地を回って細かく停留所を建てているのが特徴で、車両もハイエースやローザといった西鉄では希少な小型車が使われています。実験の詳細については以下のリンク先に記述があります。
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/30084/1/siryo.pdf(PDF)

 本日福岡まで出かけましたので、早速出向いてみました。

一般送迎も多いロータリー

 橋本駅の停留所は既設の南側のロータリーとは異なり、北側のロータリーに新しく設けられた停留所が使用されています。メインの2番出口からは、道路を挟みますが正面に位置します。既設停留所共々バス停までの屋根はありません。
 また、橋本駅から道路を挟んで向かいには郊外型SC「木の葉モール」がオープンしており、橋本駅乗り継ぎ以外でもそこへの買い物需要等も期待できそうな印象でした。

予期はしていても驚く

 やってきた「バス」。上記文書で予期していたとはいえ、驚きの対面です。

上に配慮して3:2

 休日は基本的にこちらのトヨタハイエース(座席定員12+運転士)のみでの運行となります。平日は一方のルート(記録し損ねました)がローザでもう一方がハイエースという割り振りになるようです。昨日は初日だったため特別にローザの方も出てきていたとのお話。

ドア開は意外とゆっくり

 さて、乗り込んでみましょう。扉は自動開閉で開扉時には補助ステップが出てきます。くれぐれも頭上注意です。
 グランドパス65やフリーパス系の定期券は使えませんが、通常のnimocaは使えるそうでICカードリーダーが装備されています。

広角の限界に挑戦

 車内見付です。1+2配置で最後部は4人掛けになっています。一応リクライニングシートになっており、てんでに傾いていたり。

がっつりワンマン機器

 前に目をやると……運転席後ろには件のリクライニングシートがどどんと内向きに置かれており、以上で座席定員は12(+運転士)となります。ドア横は運賃箱が占めており、運転席後ろには液晶の次停留所表示(200円均一なので運賃は出ません)、そして助手席をつぶして一通りのワンマン機器が並び、案内放送等も一般路線と同じ形式のものが流しながら運行されます。見えていませんが、降車ボタンもちゃんとあります。

団地の道路自体は自家用車対応で広いです

 壱岐団地方面行に乗ってみました。こちらのルートは一部を除いて道自体は良く整備されており、短い間隔で停留所が設定されている中をあれよあれよという間にすいすい進んでバス通りを渡り壱岐団地へ。集合住宅が林立している独特な形態の団地で、建物の番号から「壱岐団地42棟前」という調子で停留所名がつけられているのが特徴的です。

 この便では乗客は私一人のみでしたが、その前に見た野方方面行では乗客の姿も見られており、まだまだこれからという感じでしょうか。新しい体系のバスが根付いていくことを願っております。

2011年10月09日

ふたたび鈴鹿で

 夏休みの終わりは鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリへ。
 F1に行ったのが2008年富士以来なので3年ぶり、鈴鹿に至っては2004年以来=7年ぶりの訪問になりました。

何とかと煙は……

 観覧車からサーキットを一望。2009年にF1開催地が鈴鹿に戻ってくる際に大改修されており、だいぶ雰囲気が変わりました。

見ろ、人がゴ(ry

 グランドスタンドや(上からしか見られませんが)ピットの様子とかは特に……。

優勝した人

 JB。フリー走行全て制覇は気合いもマシンの出来も違うのか、予選こそベッテルにわずかに及ばなかったものの、持ち前のタイヤに優しい走りでタイヤ交換の間に逆転、優勝をもぎ取りました。

13位に沈んだ人

 現在唯一の日本人ドライバー、小林可夢偉。予選Q1ではトップタイムをたたき出す見せ場を作りましたが、決勝では今ひとつ歯車が上手くかみ合いませんでしたね。見ているとラスト10周あたりから(相対的に)ガクッと遅れだした印象で、何かあったかと思いましたが、結局タイヤがもたなかったのだそうで。

3位でもチャンピオンを獲った人

 そして今年最も速かった人。決勝が終わると「チャンピオン決定記念Tシャツ」が売りまくられていたという。

何となく当時っぽく撮れた気がする

 決勝の前には中嶋悟が1989年に走らせたマシン、ロータス101のデモランが。今のマシンとは見た目も音も全然違います。

夜まで

 日が暮れても賑わうサーキット。機会があればぜひまた来てみたいものです。

以下、おまけ。
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2011年10月02日

南半九2日目:池田湖・指宿・おれんじ

昨日に続いて写真のみですが仮更新として。

111002ikedako1.jpg
 指宿から山川・長崎鼻・開聞山麓等を経て池田湖を結ぶ周遊バス「のったりおりたりマイプラン」。
 13年ほど前の一時期走っていた同名の周遊バスとは似ているところもあり違うところもあり。最大の違いは知覧方面への運行が、当時はこのバスが引き続き指宿スカイライン経由で運行していたが、現在は喜入回りの別便になっている点。

普通の路線バスとはいえレベルは高い

 開聞駅前・池田湖から今和泉経由で指宿駅前まで結ぶ、いわば北回りの便で指宿駅まで戻る。このコースは当時は設定はなく(それ以前は知覧からの戻りが池田湖から北回りだったが、今和泉を通らないなど経路が異なっていた)、一般路線バスとして走っていたルートを周遊バスに格上げしたものと思われる。

走り抜ける男爵
 指宿からは今年新設の「指宿のたまて箱」号で。写真は谷山通過シーン。

2-3分しか保たないのでは

 停車時にドアの上から吹き上がるミストは想像以上に注目を集めていたが……これドアが開いて2,3分もすると切れるので、車内整備を終えて乗り込む頃にはすっかり消えている……。

意外に珍しくはないか?

 肥薩おれんじ鉄道にも乗ってみようと、まずは新幹線で北上。さすが日曜の夕方で臨時列車も出ていて、N700系が並ぶ。写真のちょっと前の状態ではホーム4つともN700で埋まっていたが、せっかくのシーンでも撮る方法がないという。

西駅で何人か撮ってたけど来たのがこいつじゃがっかりするかな

 出水で折り返し、鹿児島中央まで直通する快速「オーシャンライナーさつま」号に乗車。折角の直通列車だが、1両こっきりのワンマンカー(まあ鹿児島交通を彷彿とさせるとも)。乗客の方もおれんじ鉄道線内では乗っている区間でも10名いない位と寂しい。折り返し鹿児島中央夕方発の方が本番ではあるのだろうが……。
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2011年10月01日

南半九1日目:鹿児島・加世田・枕崎

(仮投稿)
 少し遅めの夏休み、最初の目的地は鹿児島、南半九。
 九州新幹線で行くのは初めてということで速達列車で行くべくみずほ号を確保。

博多で撮ろうが同じか……

 例によってがちがちに固められているので、こんな写真しか撮れていませんが。

 西駅、もとい鹿児島中央駅もだいぶ印象が変わっており。

ブルリシティハイブリよりもこぶが強調されて見える

 ちょっと時間があったので各社車両面でどんなことになっているのか観察がてら東口BT(東13番付近)で撮影。近くには有名撮影地がありますが、ちょっと時間が早いのでここで。とはいいつつ、お手軽に撮れていいですなぁ、ここ。

 薩摩半島をぐるりと回る形で再訪。まずは大坂(だいさか)経由の加世田線に。

ご対面

 到着後の写真ですが、期せずして保存されている南薩鉄道→鹿児島交通のディーゼル機関車との並びに。

ある意味昔を彷彿と

 手前にはもう1両、蒸気機関車も保存されていますが、来ていなかった10年の間にだいぶさび止め塗装の赤が目立ってきたような。

 その後、鉄道線の跡をたどる「なんてつ号」で枕崎へ。

目線入れた方が良かったかな

 着いてびっくり、南薩鉄道時代からの駅舎は消え失せてスーパーマーケット「タイヨー」が鎮座。
 では駅はというと、広い駐車場があり、ドラッグストアがあり、その裏手の端の方にちょこんと入口が。ここまで場末感の漂う駅も珍しいというか何というか……。

車庫の方が長いの

 そして駅は旧駅につながる築堤にへばりつくように2両分のホーム・小さな待合室・待機設備があるだけで、件の入口から長ーいスロープで結ばれた状態。手前の鹿児島交通の車庫(これも移ったのか?)を通して全体が見渡せる、つまり車庫の方が広いという(汗
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2011年09月30日

トップ画像アーカイブ:2011.9

2011-09

 9月のトップ画像は、美祢線重安駅の風景。人気のないプラットホーム、さび付いた線路、奥の踏切を行く代行バス……といった風景が続きましたが、復旧が完了し、9月26日からここに列車の姿が戻ってくる予定です。
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2011年09月29日

復旧した美祢線に乗る

貫禄の2両編成

 昨日(9.28)仕事の関係で珍しく夕方まで空いたので、復旧したばかりの美祢線に乗りに行ってみた。

 様式が変則すぎる「美祢線1日乗り放題きっぷ」で厚狭駅を入場、7:34発の長門市行(益田まで直通する)に乗車。通学時間帯の便であり、キハ120が1両だけの車内は、座り込んだ高校生とその荷物で足の踏み場もない混雑。そして曰く、「座れるからバスの方がいい」。一方帰りの車内でおばあちゃんがつぶやき「学生が群れられるようになってうるさくなった。バスの時は静かに乗っていたのに」……。余裕のない車内はさんざんな評判だが、途中乗ってきたおばあちゃんには件の高校生が席を譲っていた。

 このまま乗ってもつまらないので高校生たちと共に美祢で下車。あんもないと号で南大嶺付近まで戻って、一枚。

意外に輸送力列車がきた

 南大嶺から一本落とした列車に乗車。厚狭まで中高生を乗せた分の折り返しで2両編成なのかと思いきや、高校生が結構乗っている。美祢で降りていたが、その時点で9時。思っていたよりのんびりしているようで。
 あとは地元客が少々乗っているばかりだが、ビジネスユースらしき利用も若干あるあたりは腐っても鉄道路線(失礼)なのだろう。於福で若干入れ替わりがあった後、長門市向けの利用を拾って最終的には十数名で長門市に到着。

 長門市11:41発で折り返し。通常、第4水曜運休・バス代行の列車だが、さすがに運転再開3日目である今日は運行されていた。単行ワンマンだが、保線の方が動揺器なる計器を載せて1往復するようで、助士席に相当する位置で盛んにデータを取っていた。乗車の方は長門から10名弱といったところで、多い区間で15名ほど、のべ20名強、といったところ。お年寄りが帰る、比較的いい時間帯ではあるが、そんなに悪くはない。

 代行バスの車窓から眺め続け、復旧を願った線路だが、あの区間この区間、乗って走るときは一瞬のうちに過ぎ。それでもあの線路の上を列車で行けるのは感無量のものがあった。
 復旧にあたり徐行区間を減らしたとされており、今回乗った中でも極端な速度制限は湯ノ峠〜厚保間の25km/h制限と渋木〜長門湯本間(湯本温泉街の裏)の20km/h制限位で、いずれも短区間。だいぶきびきび走る印象であった。しかしながら乗客の多い厚狭美祢間で見ると、国道をぶっ飛ばした代行バスの所要時間が23分だったのに対して、復旧した美祢線は厚保を回るのもあるが28分という現実もある。
 実際の乗り歩いた乗客数を見ても、多くのローカル線同様、利用には時間帯・世代に偏りが見られ、良い状況ではないと思われたが、折角復旧した路線。何とか踏みとどまってもらいたいものである。
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2011年09月28日

落書きバスは今

 Twitterでも実況した通り、9月26日に運行再開した美祢線に復旧後初めて乗って参りました。
 そのレポートはまた次回として、長門市ではこんな路線バス車両を見かけました。

お絵かきバス……

 窓から下がラッピング。防長交通ではよく見かける「経年で消えかかったラッピング」の一種かとも思われましたが、どうも様子がおかしい。そしてこの車種は……。

なれの果て

 そう、4月に開かれた「第4回やまぐちバス博」(→ブログ内リンク)で制作された落書きバスのなれの果てなんですね……。実際のところ、どんなにカラフルに塗られても、色物(特に赤系)は耐候性が悪いのであっという間に(半年経っていないのだが……)色褪せて、現状黒で濃く書かれたところだけが残っています。それだけでは寂しいのか、書き足された東日本(&なでしこジャパン)応援メッセージ(?)が色々な意味で泣かせます。

お絵かき当時

 バス博時点での落書きバス。移ろいの何と速いことか、ですが……。
 こういうのは退色が本格的になる前に引退させるべく古い車両が使われたり、新しいのを使うなら下絵を描いて退色後に備えるのが常ですが、前者を想定したであろうこの車両の場合、どういうわけか長門で生きながらえた模様……。
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2011年09月26日

美祢線運行再開

 昨年7月の大雨災害の影響により運休、バス代行が続いていたJR美祢線ですが、復旧工事が完了し、本日9月26日より運行を再開しました。
 祝賀列車等々走ったようですが、勤め人ゆえ平日は無理無理、ということで始発列車のみ、見に出かけました。

厚狭発始発列車

 厚狭駅発の始発列車です。キハ120 20が単行で走ります。

仙崎へ向けて

 右手奥、美祢線への進路が旅客列車には今日から開通します。

 1番ホームの端っこでは(祝賀列車に対する)記念式典の準備など進んでいました。ここで見送っても良いのですが、走りも撮りたくなって少し移動、列車を待ち受けます。

厚狭駅を出て、北へ……

 山陽本線と別れ、北へと進路を向ける始発列車。美祢線に1年余りの間絶えていた、旅客列車が再び走り始めました。

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 湯ノ峠で行き違ってきた上りの始発列車。このあたりは厚狭川の氾濫で大きな被害を受けましたが、ようやく列車の姿も元通り見ることができるようになりました。

 こうして復旧を果たした美祢線ですが、再び走り始めて日常の風景に戻ってきた、ここからが正念場でしょう。
 乗車運動やイベント等企画されていますが、代行バス時代と比べてある面では不便となった列車でどこまで利用が戻ってくるか、根付くか……さらに末永く、運行が続くよう祈っております。
 私自身も、仕事の都合で今日は無理でしたが、近いうちに、走り始めた列車にも乗りに行ってみたいと思います。
posted by Sei at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通(山口)